VENUS ET MARS


ウェヌスとマルス

 ウェヌスとマルスが恋人同士ということは、ホメロスの『オデュッセイア』第八歌に描かれる。また、後のローマの詩人、オウィディウスも『変身物語』で二神の逢瀬を描いている。しかし、いずれの作品の場合も、ウェヌスには鍛冶を司る神ウルカヌスという夫がいた。そのため、ウェヌスとマルスは不倫のカップルということになる。しかしながら、芸術作品において、ウェヌスとマルスは恋人の象徴としてよく描かれ、15世紀には婚礼の祝いの作品にも姿を見せるようになる。では、なぜ夫婦ではないウェヌスとマルスが芸術作品、とりわけ婚礼作品に描かれるようになったのだろうか。

 神話では他に夫のいるウェヌスであるが、ウェヌスとマルスは古くから花婿と花嫁を表すにふさわしい象徴だと考えられていた。さらに、ルネサンス期では貫通罪はごく一般的で、大目に見られていた。そのため、ウェヌスと姿醜いウェヌスの夫であるウルカヌスの二神よりも、英雄の赴きがあり、愛し合っているウェヌスとマルスのほうがカップルとして頻繁に描かれるようになったのだと思われる。

 また、ウェヌスは愛を司る女神であり、マルスは戦争を司る神であることから、この二神が愛し合っている場面を描くことにより、「愛は争いよりも強し」という有名な概念を描くことができる。ウェヌスがマルスを惹きつけている間は、マルスは戦争を起こすことを忘れ、世界に平和が保たれるのである。よって、ウェヌスとマルスを描いた作品は他の夫婦を描くよりも強く愛を描いていることになるのである。そのため、この二神を描いた作品は婚礼の際に多く描かれるようになったのであろう。

 以上のことから、マルスとウェヌスは芸術作品に多く描かれ、また婚礼作品に繰り返し描かれる存在になったのだと考えられる。


参考文献
ポール・バロルスキー『とめどなく笑う―イタリア・ルネサンス美術における機知と滑稽』ありな書房、1993年。
ジーン・ブラッカー『ルネサンス期フィレンツェの愛と結婚』同文館出版、1998年。
エドガー・ウィント『ルネサンスの異教秘儀』晶文社、1986年。
高階 秀爾『ルネサンス夜話―近代の黎明に生きた人びと』平凡社、1979年。
高津 春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店、1960年。

作品一例
スキファノイア宮壁画
マンテーニャ《パルナッソス》
ボッティチェリ《マルスとウェヌス》


Golden Apple